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 スタッフのつぶやき
nakakura


中倉 一志(なかくら ひとし)昭和32年(1957)生。 
  北海道大学教育学部卒。
  オフィス・イレブン 代表
  Jリーグ登録フリーランスライター

 サッカーとの出会いは小学校6年生の時。サッカーフリークの間では伝説的な番組と言われている「三菱ダイヤモンドサッカー」でマンチェスター・Uの試合を見たのがきっかけ。背番号11の赤いユニフォームを身にまとい、左サイドを疾走するジョージ・ベストの姿に魅せられ、その瞬間にサッカーの虜になる。それ以来、ラッキーナンバーは11、好きなカラーは赤と決めている。時を同じくして、デットマール・クラマーの指導を受けた日本代表がメキシコ五輪で銅メダルを獲得。日本中が第一次サッカーブームに沸く中、ボールを蹴っていた。

 進学した荒川区立第4中学校にはサッカー部がなく、入学式を終えると職員室へ行ってサッカー部を作ってくれと体育の先生に直談判。しかし、あえなく断られて挫折。やむなく軟式テニス部(現在はソフトテニスと呼ぶらしい)に入部。親しい友達が入部したという単純な理由からだった。中学校2年生の時に北海道札幌市に転校。以降、日本代表を目指して軟式テニスに明け暮れる毎日を過ごした。ラケットを握らないのは元旦だけ。北海道に住みながらスキーには4回しか行っていない。しかし夢はかなわず、北海道学生連盟ランキング5位が最高位。

 大学卒業後、某保険会社に就職し典型的なワーカーホリックと化して日本経済の発展に寄与(?)。しかし、Jリーグの開幕が消しきれないサッカーへの思いに再び火をつけた。開幕初年度はチケット競争に敗れたが、CS放送で全180試合を視聴。翌年から、開催日には必ずスタジアムで観戦するという生活を続ける。1996年、インターネットのサッカー・オンラインマガジンの草分け的存在である「2002japan」と出会い、再びサッカーにのめり込んだ。同年11月より「2002japan」編集部の迷惑も顧みずに投稿を繰り返し、とうとう1998年9月からプロのサッカーライターとして活動を開始した。現在は福岡に住み、アビスパ福岡、サガン鳥栖のホームゲームを中心に取材活動を行っている。

 2000年には、KBC(九州朝日放送)の朝の情報番組でアビスパ福岡のコメンテーターを務めた他、地元誌にアビスパ福岡関連の記事を寄稿している。2003年シーズンより、Jリーグ登録フリーランスとなる。サッカーという名前さえつけば何でもいいと言うほどの自他ともに認めるサッカー好き。Jリーグに限らず、どんなカテゴリーのサッカーでも見るというのを信条にしている。


(過去の出演番組・掲載誌等)
月刊「Footival」
エル・ゴラッソ
月刊「Fantasista」
週刊「サッカーダイジェスト」
週刊「SPA」
月刊「福岡2001」
アビスパ福岡後援会会報「アビスパーク」
小学館「Japanknowledge」
西日本新聞「サッカーライター日記」「月刊AVI・NAVI」
J's GOAL
KBC(九州朝日放送)「朝はポレポレ」・「アサデス」・「ニュースピア」
NHK福岡放送局「おっしょい福岡」・「ゆうどき5」
RKBラジオ「林田スマのハートフル・サンデー」
ミャンマー国営新聞
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